目次
1. 鍼灸とは
鍼灸は一般に「はり・きゅう」または「しんきゅう」と呼ばれ、疾患や症状に適した経穴(ツボ)に金属の細い針を刺入したり艾(もぐさ)を置いて燃焼させたりなど、生体に刺激を加えることで元々身体に備わっている病気を治す力を高めて元気にする治療法です。
2. 鍼灸の歴史
鍼灸は東洋医学あるいは漢方医学の一分野として中国に起源をもつ我が国の伝統的医療です。6世紀の初頭、飛鳥時代に仏教伝来と時を同じく渡来したと云われています。
渡来してより明治時代初期までは、鍼灸は漢方薬と共に医学の主流として広く人々に活用されていました。一方、オランダ医学(西洋医学)は幕末の頃に伝来し、その後、少しずつ国民に普及していきました。そして明治7年、時の明治政府は日本に近代的な医事衛生制度を導入すべく、西洋諸国の医事制度を模範とした医制を制定しました。それによって、医学の主流は西洋医学になり、鍼灸・漢方は非合法化されました。このとき鍼灸・漢方が非合法化された理由は、政府の欧米化政策によるところが大きいのですが、戦場などで受けた外傷には西洋医学の外科的処置の方が役に立つといった実践的理由から鍼灸・漢方が軽視されたためとも云われています。しかしその後、鍼灸・漢方の効果が認められ、明治35年に合法化されました。
近年では、1971年の鍼麻酔報道をきっかけに、世界中の公的な医学研究所・医科大学・鍼灸大学や医療機関などで科学的な研究がなされ、今日まで鍼灸の多くの効果が証明されてきました。そして現在、鍼灸は西洋医学における医療費の高額化や副作用の問題などの欠点を補う治療法として、また鍼灸の持つ免疫の活性化・血行改善・恒常性機能亢進などの作用から健康維持・増進が期待できる治療として注目され、米国や欧州では鍼灸の利用が非常に盛んになっており、今ではむしろ日本の方が鍼灸の普及に遅れをとっているという残念な状況があります。
3. 鍼灸治療について
鍼灸院では、患者さんが来院されたら、まずは来院されるきっかけになった症状や部位、発症の原因や経過、その他にも色々なことをお聞きし、その後、脈診・腹診・舌診などの東洋医学的検査、さらに法的に可能な西洋医学的検査も実施します。それらから鍼灸の適応か否かの判断をし、病状や体質の診たてを行った後に、適切な経穴に鍼や灸を施します。
大まかに言うとこのような治療の流れがありますが、古来より日本の鍼灸治療には流派のようなものが様々にあり、それぞれの鍼灸師が学んできた流派の教えに則って東洋医学的な診たてを行います。また施術に関しても同様に、経穴の選択、鍼の刺し方・灸のすえ方など、それぞれに良いとされる方法で行います。
ここではたくさんある施術法を一つ一つ説明することは難しいので、概要についてご紹介します。
4. 鍼施術について
極めて細いステンレス製あるいは銀製の鍼(長さ約15mm~90mm、太さ直径約0.10mm~0.30mm)を用いて、身体に刺入いたします。
まず、鍼先で皮膚を破るのですが、それは主に管鍼法(かんしんほう)で行います。管鍼法とは、江戸時代前期に杉山和一により創始されました。鍼よりやや短くて、鍼管と呼ばれる金属もしくはプラスチック製のストロー状の管に鍼を挿入し、わずかに出た鍼の柄の部分を軽く叩くことにより鍼の刺入を容易にし、かつ患者さんにはほぼ痛みを感じさせることなく刺入できる日本独自の方法です。なお一部では鍼管を使わず、鍼の柄の部分を親指と人差し指でつまみ、すばやく刺入する撚鍼法(ねんしんほう)も行われています。
次に、皮膚を通過した鍼は適切な深さまで体内に刺入されますが、その際、鍼灸師によって手技が加えられます。手技には、目的の深さま刺入し直ぐに抜く単刺術(たんしじゅつ)、刺入中もしくは目的の深さまで刺入して鍼を上下に動かす雀啄術(じゃくたくじゅつ)、刺入した鍼を回旋させる回旋術(かいせんじゅつ)、振動させる振せん術(しんせんじゅつ)、刺入した鍼をそのまま10~15分間とどめておく置鍼術(ちしんじゅつ)など、様々な技法があります。また、刺入した鍼を電極にして低周波の微弱な電気を通す方法もあり、いずれの方法も鎮痛や筋緊張緩和、血液循環改善などに効果のあることが証明されています。
その他、特殊な方法として、鍼を刺入せず専用の道具で皮膚を摩擦・接触・押圧するだけの施術法もあり、小児の夜尿症・夜泣き・疳虫・風邪予防などの治療には、おおよそこの方法を用います。また、置鍼した鍼の柄に球状の艾を差して燃焼させることで、鍼の機械的刺激と灸の温熱刺激を同時に与えようとする灸頭鍼(きゅうとうしん)という方法もあります。
なお現在、鍼は使い捨てにしている鍼灸院がほとんどです。
鍼灸院の開設には高圧蒸気滅菌器(オートクレーブ)の設置が義務付けられており、刺さない鍼やシャーレなどはすべて滅菌・消毒がなされており、安心・安全に努めています。
5. 灸施術について
灸とは、艾を用いて経穴に熱刺激を加える方法で、「やいと」と呼ばれることもあります。
その方法は、艾を直接皮膚上で燃焼させ灸の痕(あと)を残す有痕灸(ゆうこんきゅう)と、灸の痕を残さない無痕灸(むこんきゅう)の大きく2つに分けられます。
有痕灸には、良質の艾を糸状~半米粒ほどの大きさの円錐形にし、直接皮膚上で燃焼させる透熱灸(とうねつきゅう)や、イボやウオノメを灸の熱で焼き切る焦灼灸(しょうしゃくきゅう)があります。一昔前には伝統的な技法として、親指の先ほどの大きな艾を直接皮膚上で燃焼させ火傷を作り、その上から膏薬を貼り付けて化膿させることで免疫細胞の活性化をはかる打膿灸(だのうきゅう)などがありました。
このような皮膚上で艾を燃焼させる灸の施術法は、昔から日本で盛んに行われてきた方法で、秀吉をはじめとする戦国武将たちが健康のために日頃から灸をすえていたことや、松尾芭蕉が奥の細道で三里のツボに灸をすえながら旅をしたことはとても有名です。しかしながら日本以外でこのような灸施術を行っている国は非常に限られています。最近は日本でも灸の痕ができることからあまり行われなくなってきましたが、免疫活性に非常に効果のあることが証明されています。
無痕灸には、米粒ほどの艾を直接皮膚上で燃焼させ、患者の気持ち良い熱さで消火あるいは艾を取り除く知熱灸(ちねつきゅう)、艾を皮膚から距離を置いて燃焼させ、輻射熱で温熱刺激を与える温灸(おんきゅう)、皮膚上に生姜・にんにく・味噌・塩などの介在物を置き、その上で艾を燃焼させる隔物灸(かくぶつきゅう)などがあります。
その他、艾や火を使用しない機械式の灸なども考案されています。
6. その他、補助的な治療法について
鍼灸院によっては鍼灸以外に、遠赤外線や赤外線レーザーを用いた治療機器、低周波通電器、吸い玉、テーピングなどを用いた治療、運動療法や食事療法などを含めた生活全般のアドバイスを行なうこともあります。
7. 鍼灸の適応症
肩コリ、腰痛、神経痛、関節痛などに適応いたしますが、鍼灸は多くのつらい症状や病気に効果が期待できます。
一般にはあまり知られていませんが、鍼灸には血液循環を良くしたり、免疫細胞の増加・活性化に作用があります。また、内臓の働きを調節する自律神経を整え、身体の持つ恒常性維持機能を高める働きもあります。ですので、はじめは腰痛や肩コリで来院されても鍼灸治療を受けているうちに風邪を引きにくくなった、身体が軽い、体調が良い、よく眠れるようになった、食欲が出た、便通が良くなったなど体調の変化を実感され、症状がなくなってからも病気の予防、健康維持・増進を目的に、定期的に鍼灸院に通ってらっしゃる患者さんがたくさんいらっしゃいます。
また近年、医療の分野ではEBM(Evidence-Based Medicine:根拠に基づいた医療)という新しい研究手法が取り入れられ、鍼灸の分野でもEBMの手法に則って研究が進められています。その中には、様々な症状・疾患に対して、鍼治療※と西洋医学的治療の効果や有用性を比較した研究もあります。特にドイツと米国では、緊張性頭痛・片頭痛・膝関節痛・腰痛の4つの疾患について、莫大な公的資金を使った大規模な比較研究が行われました。その結果、片頭痛の有効性だけは鍼治療と最新の西洋医学的治療がほぼ同等でしたが、その他3疾患の有効性と、片頭痛を含む4疾患すべての安全性、経済性は鍼治療の方が優れているという結果が報告されました。その報告があって以降、ドイツ・米国では鍼治療に保険が適応されるようになりました。
8. 鍼灸がなぜ効くのか
ヒトの身体には病気やケガを自分で治す自然治癒力や、外から入ってくる病原体から身を守る免疫力が備わっています。傷害を受けるとそれらのシステムが働きだし、身体に様々な反応が起こります。例えば、血管を拡張させて酸素や栄養をたくさん含んだ新鮮な血液を呼び込んで新陳代謝を高めたり、異物と戦う白血球を呼び寄せて傷付いた部位から感染することを防いだりします。鍼灸治療はこのような反応を利用して、皮膚や筋肉に目には見えない微細な傷や小さな火傷を作り、筋肉の血液循環を改善して肩こりや腰痛を治したり、傷害を負った部位の修復を促進したりします。
また、ヒトの身体には痛みを抑制する様々な仕組みが備わっています。痛いところを押さえたり擦ったりすると痛みが和らぐとか、気分が良くなることや楽しいことをしている間は痛みが気にならないなど、誰もが経験されているのではないでしょうか。鍼灸の刺激は、このような痛みを抑制する仕組みを働かせるきっかけになり、その結果として鎮痛効果を発揮します。
さらに、身体には皮膚や筋肉などに刺激が加えられると自律神経の活動が変化し、自律神経が支配する臓器・器官の働きが反射的に調節される仕組みも備わっています。鍼や灸の刺激はその仕組みを利用して自律神経活動を変化させ、血管の調節をしたり臓器の働きを良くしたりします。その結果、血圧が調節されたり、ホルモンバランスが整えられたり、免疫系が活性化したりなど全身性の広範な効果が引き起こされます。ですから、鍼灸治療を続けていると体調が良くなり、病気になりにくくなるのです。
9. 経穴とは
俗に「ツボ」と呼ばれ、身体には361箇所のツボが存在すると言われています。東洋医学の長い歴史の中で、経験的に刺激すると症状が特に良くなる部位として伝えられ、現在まで使われてきました。
鍼灸治療にはこのツボ刺激による効果(特異的効果)と、鍼や灸の刺激による効果(非特異的効果)とがあり、それぞれに研究がされています。鍼や灸の刺激が生体に及ぼす非特異的効果は、“鍼灸がなぜ効くのか”のところでご説明したように科学的に証明されているものが多くありますが、ツボ刺激による特異的効果はまだ十分に解明されていません。
10. 鍼灸師の資格
日本で鍼灸施術を行うには、はり師・きゅう師の国家資格が必要です。国家資格の取得には、高等学校卒業後、鍼灸専門学校・鍼灸大学・視覚障害者のための教育機関に3年以上通うことが必要です。そこで医学知識と鍼灸技術を習得し、卒業試験に合格した後、国家試験に合格するとはり師・きゅう師の国家資格が取得できます。
公財)東洋療法試験財団のwebサイトはこちら
日本鍼灸師会では国家資格取得後の鍼灸師を対象に、講習会やe-ラーニング、研究会など様々な卒後教育・生涯研修を行っております。そのため日本鍼灸師会の会員であれば医学知識、技術ともに一定の高い水準にありますので、安心して鍼灸治療を受けていただけます。
11. 健康保険で鍼灸治療は受けられますか?
次の病気については健康保険で鍼灸治療が受けられます。
- 神経痛 … 坐骨神経痛・三叉神経痛など
- リウマチ … 慢性で各関節が腫れて痛むもの
- 腰痛症 … 慢性の腰痛
- 五十肩 … 肩の関節が痛く腕が挙がらないもの
- 頚腕症候群 … 頚から肩、腕にかけて痺れて痛むもの
- 頚椎捻挫後遺症 … むち打ち後遺症など
その他これらに類似する疾患など。
12. 保険の手続きは次の手順で行って下さい
まずは、鍼灸院に保険の取り扱いをしているかお問い合わせ下さい。
保険取り扱いをしているなら、その鍼灸院で「同意書」の用紙をもらってください。
同意書を日頃受診されている医院・病院等にお持ちいただき、主治医に必要事項を記入していただいてください。同意書の代わりに、病名・症状および発病年月日が明記され、鍼灸治療が適当であるとの医師の診察内容が書かれている診断書でもかまいません。
記入済みの同意書(診断書)、保険証を鍼灸院にお持ちいただければ、その後の手続きは鍼灸院が行います。
鍼灸院では毎月、保険の書類(療養費支給申請書)を作成しますので、その内容をご確認いただき、押印またはご署名をいただきますようお願い致します。
13. 鍼灸の保険適用につきましては、次ぎの事項にご留意下さい
- 医療機関で治療を受けている病名と同意書に書かれている病名が同じ場合、医療機関の保険利用が優先されますので、鍼灸治療を健康保険では受けられません。
- 同意書は、かかりつけの主治医に書いていただいてください。
- 同意書をいただいてから6ヶ月経過する毎に、新たに同意書が必要です。
- 加入されている保険者によっては、患者さん本人が手続きをしなければならない場合もありますので、鍼灸院にお問い合わせ下さい。
◎鍼灸についての内容は、公益社団法人日本鍼灸師会のホームページより転載しています。
より詳しくは、公益社団法人日本鍼灸師会「鍼灸を知る」をご覧ください。